日常

時代は変わる

こんばんは、かっちゃんです!

いろんなところで言われていますね。

AIの時代だ、仕事の内容が変わる、働き方改革で残業が規制される、男女平等社会が進む、地球温暖化が進む、、、

そうなのだろう。これだけ多く聞くのだから。とはいえ日常は何も変えなくて大丈夫と感じている人も多いのかもしれない、、、

それは違う。確かに、変えようとしなくても大丈夫。なぜなら変わらざるを得ない時には、学校・職場など環境は問わないが、その属する団体がルールに従うことになり、そこからルールを押し付けられ、そのルールに従わなければそこにい続けることができないからだ。そうして人は、言われたことをやっているだけで自然と新しいことを始めることができるのだ。言われたから、やらないといけないから、と言って。

ものすごく受け身ですね、、、悪いことではない。ただ個人的に、良いことだとは思わないし、面白くないと思う。せめて、その必要性を感じた上でとうとうきたか、と思えるくらいの知識の準備をしておきたいところ。

もちろん、ルールという法律や指令というのは、組織内での上層部から降りてくることだし、細かい内容はわからないだろうし、全く興味や関心のない範疇かもしれない。それでも現代のどの様な潮流がルールの変化をもたらしたかに思いを馳せ、考えを巡らせ、調べてみる、というのは攻めの姿勢の例かもしれない。そうすると自分の人生を自分で操っている感覚を得られ、幸福度も高まるのかもしれない。

そもそも、ルールというのは、書き換えられるものである。

理由は単純、社会の常識、その時代に生きる環境が変化するからである。よくある一例は言うまでもなく日本の年金制度である。時代が違う、人口比率が違う、経済が違う、その時都合がよく上手くいくと思ったからルールに理解を得られ、定められているのだ。どうしてももう一例上げたいのが、外国人への自動車運転免許証の発行に関してだ。明らかに簡易免許発行による凄惨な事故が増加している。自動車というのは「1トンある鉄の塊で凶器以外の何物でもない」という認識がないのだろうか。近年は乗用車でも2トン級になってきている。

ルールを書き換える人というのは、一部の上層部である。別に上級で上品な国民たちではない。ただルールを書き換えることができる場所にいくための努力をし、変えた方がその人たちにとってより良くなる未来が見えたから変えているのである。簡単な例で言うと、国会である。なんちゃら党が法案を通す通さないとはよく聞く言葉だ。その人たちの分析によると、解決できる課題があるからこそ実行しているのだ。そこに一般国民の意見を反映することはできないのか?できるかもしれない。それが「投票」だ。ただ多くの一般日本人は、国の運営に興味がない。興味を持たせない教育が実施されてきたからか?年上の人を敬う、口答えしない、と言った躾は、全く別物と考えた方がいい。残念なことに、そのあたりの分別はある程度教養がある人であるので、なかなかどうして周りと口を合わせて文句を言ったり投票したりすることしかできないものだ。そう言った意味では、このような「大衆」の投票結果を自分たちのものに取り込めば、大きな勢力となるのである。ここまで理解した上で、改めて自分の意思を反映させるために投票できる人が増えるといいなと思う。

 

時代は変わる。

そこに自分はいるのか。

ついていってるか? 関わりに行ってるか?

自分の未来は自分にしか変えられない。

変わりゆく時代に対応する自分って強くない?

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